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Bromptonで坂を登る際のつらさを心理的アプローチで解消できるか?
アンノッティングの愉しみ | comments(0)
Bromptonで目的地を目指している途中で、坂道に出会うとうんざりする。これはなぜなのであろうか?

言うまでもなく、脂汗を流しながらペダルを漕ぐことになるのが嫌だからなのであるが、そもそも人力で駆動する自転車という乗り物を移動手段として選んでいるのであるから、疲れるのは当然である。それが嫌だというのは、泳ぎたいが濡れるのは嫌だと言っているようなものである。理不尽であろう。

自転車による登坂に対する理不尽なうんざり感の原因は、徒歩での登坂との比較から生じているのではなかろうか。せっかく自転車という高効率(かつ高価な)移動手段を用いているのに、なぜこんなにも苦労して登坂せねばならぬのか、これでは歩いた方がマシだったではないか、ああ自分は損をしている、というのが、うんざりの背景にあるのではないかと思うのである。

もちろん、徒歩で登坂するのだって疲労はするのであるが、その疲労に対して損をしているという感覚は生じない。とすれば、徒歩で登坂した際の疲労は、坂登りを評価する際の基準値として使えそうである。

つまり、自転車での登坂が損をしていると感じるのは、疲れるからという絶対評価によるものではなく、疲労の度合いが徒歩で登坂した場合よりも顕著かどうか、という相対評価によるものだ、というのが私の仮説である。

この仮説が正しければ、自転車で坂を登る際の疲労度が、徒歩での疲労度を超えないように留意することにすれば、うんざり感であるとか、損をしているという心理状態は生じないと予測される。そして、そういった心理状態を坂登り中に生成しないように気をつけていさえすれば、自転車による坂登りに対してもネガティブな評価は行われず、大枚はたいて自転車の軽量化しようだとか駆動系の坂道対応カスタムをしようといった動機付けを低減することにもつながるであろう。

これはいわば、ロンドンという平坦地で誕生した、走行性能が決して高いとは言えないBromptonという自転車で坂道を攻略するための、心理学的なアプローチなのである。

…という屁理屈を頭の中に構築した上で、焼津市の高草山山頂へと至る経路の途中に存在する美樽の滝のノット (+34 54, +138 19)を目指した。山中のノットであるから、当然ながら坂道が待ち受けているはずである。
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